第25番札所 宝珠山 真言院 津照寺

ほうしゅざん しんごんいん しんしょうじ
【寺の歴史】
室津港を見下ろす小山の上にたたずむ「津照寺」は、通称「津寺」と呼ばれています。弘法大師空海上人が四国御修行の砌、山の形が地蔵菩薩の持つ宝珠に似ているところから霊地としました。弘法大師は地蔵菩薩を刻み、本尊とし、宝珠山真言院津照寺と号しました。

当初、津照寺は長曽我部氏の庇護のもと、津寺村と称し7万平方メートル余りの土地を有していました。その後山内氏が国主になると、1万5千平方メートル余りの田地が山内氏から寄附されました。寺の運営も藩営に変わり、中老格としての待遇をうけ、寺は隆盛を極めたといいます。しかし明治の改革により、地領は政府に没収されるか小作農民へ払い下げとなり、寺は廃されました。

荒廃にまかすこと約十数年、ようやく1883年に寺名復興を許され今日に至りました。寺域は極度に狭められ昔のおもかげはありません。ただ、本堂は地蔵堂として、御殿と言われた庫裏の一角は小学校として残されていました。現在の大師堂は1963年、本堂は1975年に新築されたものです。

【楫取地蔵の由来】
御本尊延命地蔵を「楫取地蔵」と言う由来は以下の通りです。1602年の秋、山内家初代一豊公が室戸の沖で暴風雨に遭っていました。すると、何処からともなく大僧が現れ、船の楫を取り、無事室津の港に入港させました。

ほっとした所であたりを見渡すと先程の大僧がいません。姿を探して津寺へ参詣すると、本尊地蔵菩薩の御体が濡れていました。大僧は本尊地蔵菩薩だったのです。以来、本尊が楫取地蔵と申し伝えられるようになりました。この霊験記は、旧記南路史に明記されて居ります。

また、今昔物語には「地蔵菩薩火難ニ値ヒ自ラ堂ヲ出ルヲ語ル」とあります。津寺の本堂が火難に遭った時、僧に身を変えた本尊地蔵菩薩が村人に知らせ、村人たちは火難を逃れたという物語が出ています。古くは火事取りの意味でも、かじとりじぞうと呼ばれております。

【境内】
本堂は参道正面の小高い山の上に鎮座しております、朱門をくぐり右へ入ると大師堂、納経所、檀信徒会館があります。本堂に向う石段は真直ぐと天に続くかのような趣、かなりの急勾配で、参拝者は真ん中の手摺りを利用して上がります、そして石段の途中には竜宮城を思わせるような鐘楼門兼仁王門。石段を昇りつめた所、本堂の正面には太平洋が広がります、眼下には室津川の河口と室津港、右の方には行当岬と深緑の隙間に26番金剛頂寺が見えます。

【境内周辺の見所】
参道の左に一木権兵衛ゆかりの「お釜岩」が有り、参道途中から左に入ると一木神社があります。命を賭して室津の港を改修した一木権兵衛を奉る神社です。

【その他見どころ】
・本堂前の景観(行当岬・室戸スカイライン・太平洋が望めます)


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住所 〒781-7102 高知県室戸市室津2652-イ
電話番号 0887-23-0025
アクセス 南国インターチェンジから、室戸を目指す方向で国道32号線・国道55号線と走り、室戸市浮津の高知信用金庫ATMがある左カーブの手前を右折、約100m走り町の案内板の前を左折、約400m道なりに走ると左手にあります。
駐車場 港の広場を使用させていただいている。車は境内には入れない。
駐車場代 無料