SHIKOKU COLOR ~四国で暮らす主人公たち~

本記事は、経済産業省四国経済産業局が2024年3月に発行した同タイトルのパンフレットを再構成したものです(掲載内容は発行時点(2024年3月時点)の情報です)。

同パンフレットは、四国経済産業局の若手職員が執筆者となり、同世代の若者や学生に向けて「四国の魅力を発信する」をいう思いのもと、四国で暮らし・働く「人」に焦点を当てることで、四国で「暮らすこと」「働くこと」について一緒に考えていただくきっかけになることを願い制作したものです。

当機構では、観光名所や名物を支える地域の「人」が存在してこその「四国の魅力」であるという、執筆者とインタビュイー の想いに賛同し、同記事を掲載させていただいております。
本記事を通じて、観光名所・名物だけではない「四国の魅力」を感じていただけましたら幸いです。

はじめに

執筆者一同からのメッセージ
決して都会とは言えないけれど、四国には、自然豊かな場所や名所が数多く存在し、それらに多くの観光客たちも魅了されていることでしょう。

しかしわたしたちは、四国の魅力とは、四国の土地や名物だけではなく、四国で暮らし・働きながら地域を支えている「人」の存在だと思うのです。
四国を色づけ、四国からその魅力や価値を届ける彼らこそ、地域を支える立役者であり「主人公」であり、最大の魅力なのではないでしょうか。

四国で暮らす彼らが、何を感じ、何を考えるのか。その想いに触れるべく、4人の「主人公」のもとを訪ねてきました。
自分の人生は自分にしか生きられない。
何色にでもなれるこの四国で、あなた色の人生を歩んでみませんか?

※本記事は経済産業省四国経済産業局令和5年度入局職員が作成したものです。

主人公①:讃岐うどんを通して三豊の魅力を伝える

自分と向き合うことで生まれた三豊市との出会い

穏やかな気候に恵まれた瀬戸内に位置する香川県三豊市。原田 佳南子(はらだ かなこ)さんが経営する「UDON HOUSE」は、本格的に讃岐うどんの文化を学び、瀬戸内の魅力を存分に楽しむことのできる宿泊施設である。そのほか、瀬戸内の四季折々の魅力を楽しむツアープログラムも提供している。
そんな原田さんだが、実はいわゆる都会育ちで、入社した旅行会社で日本領域の大半を占める地方を数多く目の当たりにした。と同時に、地方でこそ自分らしく生きられると気づき、居心地のいい場所をなくしたくない、何か地方のために取り組みたい、と思い始める。だったら、まずは自分が事業を興して地域に飛び込むことから始めようと思い立ち、会社を辞めることに決めたという。
当初は前職で関わっていた和歌山で起業に繋がる道を探していたが、具体的な切り口は見つからず。そんな時、同じく仕事で関わりのあった三豊市で、地域商社の立ち上げなどの新しいプロジェクトが始まった。そのプロジェクトの中に、箱はあるものの、実際に動かす人のいないひとつの事業があった。それが「UDON HOUSE」だったのだ。
見つからないなら目の前にあるものから始めてみようかと考え、一大決心の末、事業に着手することに。「やりたいことは自分で決める。そんな人生にしたい」と言う原田さん。 2人だけで始まったこの事業は苦難の連続だったが、やりがいを感じる瞬間もあったと語る。  

ミラクルくるくるハプニング

「初めてうどんを作ったのはUDON HOUSEを始めてから」と原田さん。素人でもチャレンジができたのは、三豊市に拠点を置く製麺機メーカー「さぬき麺機(株)」がサービス開発を一緒に進めてくれたからだそう。他にも、地元の人気うどん店の店主が麺茹での助っ人に入るなど、普通では考えられないようなことが次々に起こったという。「事業の立ち上げがこんなに大変だとは知りもしなかった。色々な苦難の中、たくさんの方の助けがあったからこそ突っ走れた。毎日ハプニングの連続だったが同時にミラクルの連続でもあった」と当時を振り返る。

日本だけじゃとどまらない。目指せ世界進出!

「UDON HOUSE」の魅力をより多くの人に伝えるために意識していることがある。それは、海外にどう発信するか。
「一番最高の状態は、『海外に住む日本人』と『日本に住む外国人』が『UDON HOUSE』の存在を認知すること。いきなりの海外進出は難しいから、日本のおすすめの地としてここを紹介してくれたら知名度を高められる」と原田さんは言う。食に関心のある人、ここだけの体験に価値を感じてもらえる人に存在を知ってもらえるよう心がけている。

生き方の多様化を全国に広めていきたい

元々、自分と向き合う時間を大切にするという原田さん。自分で判断して決断する、そんな人生を望むからには、置かれた環境に不満を言うのではなく責任を持って生きたいと考えるようになった。だからこそ、多様な働き方や生き方をする中で、自分のやりたいことを実現できる環境を作りたい。それこそ自分のやりたかったことだったと最近気づき始めたのだという。
実際、副業してもいい環境や、子供が4人いても自由に働ける場をつくったことに対して感謝された時に嬉しさを感じるそうだ。自分の意思で、ゼロからつくりあげたものが認められるのが「やりがい」であり、原田さんの原動力となっている。「私が大切にしている『働き方や生き方の多様化』が三豊に限らず、全国各地に広まり、1人1人が楽しく幸せな人生を送ってほしい」と語った。

「主人公」の紹介/メッセージ これからを担う学生へ

 「主人公」の紹介/メッセージ これからを担う学生へ

■ 原田 佳南子(はらだ かなこ)さん
プロフィール:
兵庫県生まれ札幌育ち、東京都出身。
大手旅行会社での勤務経験を経て、2018年香川県に移住し、「UDON HOUSE」を立ち上げる。

〈これからを担う学生へ〉
原田さんは 「自分の人生の主役でいてほしい」自分以外の主役はいないし、今が人生の本番だから色んなことにチャレンジしてほしいと熱く語ってくれた。原田さん自身、自分の人生を自分の力で切り開いてきた、まさに「主人公」である。取材を通して、原田さんだけではなくこの世界のひとりひとりが自分の人生という物語を素晴らしいものにしてほしい。と感じるのであった。

《参考》
・UDON HOUSE についてもっと見る

主人公②③:連携力を活かし地域を守る

傾斜地を活用したお茶栽培

急峻な傾斜地が数多く存在する徳島県にし阿波エリア。同エリアの400年以上にわたり継承されている山村景観や傾斜地を活用した農耕は「傾斜地農耕システム」として中四国で初めて世界農業遺産に認定されている。
この世界的にも稀有な農法でお茶栽培を行いながらお茶飲み比べ体験等新たな取り組みにチャレンジする曲 大輝(まがり ひろき)さん。そして、同エリアを中心とした観光振興に取り組む出尾 宏二(でお こうじ)さんのお二人にお話を伺った。

高校卒業後、自動車部品メーカーに勤めた曲さんは23歳の若さで農園を継ぐことを決意。父と同じく無農薬栽培にこだわる一方、緑茶の消費が減りつつある中で、新たな切り口として紅茶の製造へ踏み出した。フレーバーが豊富な紅茶の特性に着目し「徳島のすだちを使ったら面白いのでは!」と考案した「すだち和紅茶」は、2023年日本茶AWARDで高宇政光賞を受賞。古き良き伝統を守りつつ、変化する消費者のニーズに応えるため、お茶の新しい可能性を生み出し続けている。このような曲さんについて、出尾さんは「パッケージやネーミングも彼の父の代から大きく変わり、デザインへのこだわりも強く感じる」と語る。

それぞれの役割を全うし、連携力を活かす

二人の出会いは必然的で、どちらかがアプローチしたのではなく、地域の人々とのつながりが重なり合う中で出会ったのだという。「お茶文化や地域を守りたい」という想いを持つ人々が集まれば自然と引き寄せられるものだと出尾さんは語る。
現在は、お茶飲み比べ体験に留まらず連携を強める曲さんと出尾さん。連携する上で重要なことは「地域での役割分担」であると二人は語る。曲さんは生産者であり、プレイヤー。DMO(観光地域づくり法人)に所属する出尾さんは、プロモーターであり、生産者の想いを商品に乗せたブランディングや販路拡大を行っている。プレイヤーとプロモーターが地域の中で役割分担し、価値を紡いでいくことが結果的に地域力になる。個の役割を果たしつつ、連携を取り合うことで、面的な地域活性化に貢献している。

プロモーターの役割

プロモーターとして重要なことは、「価値の+αづくり」であると、にし阿波エリアで様々なアクティビティを手がける出尾さんは語る。その理由は、地域の文化・産業・暮らしのコミュニティを守るためだという。地域の観光資源や文化そのものの価値に、プラスの価値を付加し、どう届け、どう消費してもらうかまで考えることが、DMOのプロモーション戦略として重要なポイントだ。
曲さんと取り組んでいるお茶の飲み比べ体験では、生産者の話を聞きながら体験することで『情緒的価値』をプラスしている。それはまさに、お茶の味が一つ増えるような感覚だと出尾さんは目を輝かせていた。
価値をプラスすることは、地域をより深く感じ、知ってもらうことができ、結果として地域のファンの創出に繋がる。プラスした価値に対する消費活動が、地域を守り、人口減少が進む集落を元気にする。プロモーターとして、その価値を理解できる地域貢献度の高い「地域ファン」としての来訪者の創出を大切にしている。

地域を守り、そして世界へ

曲さんは「良いお茶作りをすることで、生まれ育った地域を守りたい」と語った。「お茶を色々な方に飲んでいただき、評価していただいているからこそ、もっと良いお茶作りをしたいと強く想う。それがお茶づくりへの原動力となり、結果的に売り上げに繋がるのであれば、今はひたすら頑張っていきたい」と。
曲さんの想いを受け取るように「生産物の価値はプレイヤーの方が分かっている。だから私はお茶を飲むことや食文化の価値を高めていきたい。三好市だけでなく、四国全体、日本全体、そして最終的にはアジア連合で実施したい」と出尾さんは想いを募らせている。

「主人公」の紹介/二人からのメッセージ これからを担う学生へ

「主人公」の紹介/二人からのメッセージ これからを担う学生へ

■ 曲 大輝(まがり ひろき)さん〈写真左〉
プロフィール:
徳島県三好市出身。曲風園三代目。
日本茶インストラクター、茶審査技術 八段位

■ 出尾 宏二(でお こうじ)さん〈写真右〉
プロフィール:
徳島県小松島市出身。
(一社)そらの郷(※) 事務局次長 観光地域づくりマネージャー
※観光地域づくり法人(DMO)に登録

〈これからを担う学生へ〉
曲さんは「自分の好きなことをするのはすごく楽しい!」と笑顔で話した。民間企業で働いていた頃は、言われた仕事をこなしていく日々だったという。 父の農園を継ぐことを決意し、お茶畑を経営する中で、様々な人と出会い、様々な価値観を学んできた。「色々な選択肢があるんだと救われた気持ちになった。帰ってきて良かった」と感じたとのこと。 嫌なことを何十年するのと、好きなことを何十年するのでは、人生の豊かさが違う。一つだけの仕事にとらわれず、色々な選択肢があることを忘れないでほしい。そう語った。
一方で出尾さんは、未来ある若者にこんな言葉を届けてくれた。「与うるは与えられるより幸せ」聖書の一節で、出尾さんが常々守っている言葉だという。 人に喜びを与え、社会に価値を与えてほしい。自分のカラーを出しながら、価値をつくるクリエイティブな人生を送ってほしい。そんな想いを熱く語ってくれた。

《参考》
・曲風園についてもっと見る(外部サイト)
・(一社)そらの郷についてもっと見る(外部サイト) 
・にし阿波~剣山・吉野川観光圏公式サイトはこちら(外部サイト)

主人公④:東かがわから始まる「地域」づくりを

家族や地域の仕事を守りたい

「何のために経営するのか」
売上げの8割を占める取引先の倒産により廃業の危機に直面した江本 昌弘(えもと まさひろ)さんは、経営再建に向け、その答えを探すところから始めた。会社や地域の歴史を振り返り、なぜ東かがわ市に手袋産業があるのか、江本手袋が何をやってきたのか辿った結果、導き出された答えは〝家族や地域の仕事を守るため〞だった。
明治時代、これといった仕事がなく、貧しい土地だった東かがわ市。当時、1人のお坊さんが「みんなで出来る仕事を」と大阪から持ち帰ったことをきっかけに手袋づくりは始まった。
「地域住民が安心して働ける産業を」という志は先代から引き継がれ、江本手袋の掲げる理念「人らしく生きるものづくりで喜び合える地域社会をつくる」へと繋がっていく。言葉は違えども、変わらない想いをもちながら手袋づくりに純粋に向き合う職人たち。彼らにとってやりがいや生きがいになる仕事をつくりたいと考えた江本さんは、新たに自社ブランドを立ち上げ、江本手袋のあるべき姿を追い求めている。

『佩 ーhacー』に込められた思い

江本手袋初の自社ブランド『佩(はく)』では、上質の素材(ウール)の使用、多色展開、昔ながらの手作業など、自分たちが納得するものづくりを体現しながら、手袋以外にマフラーやリフトマフラーづくりなども行う。そして、次の2つから構成される「職人を守り育てる」というコンセプトが、『佩』に根付く大事な考え方となっている。

一「仕事をつくり、生活を守ること」  
『佩』の製作では、他の仕事の1.5倍の工賃を約束し、職人の仕事そのものを商品の付加価値としている。 

二「仕事を通じて職人を育てること」
手袋職人を目指す誰もが挑戦できるような、シンプルなデザインが考案された。
 
『手袋職人の聖地をつくる』
これこそが、コンセプトを実現し続けた先に江本さんが見据えるビジョンである。手袋を仕立てる人や買う人、手袋について学びたい人が「手袋=東かがわ!」と思えるような地にしたいという。そして、東かがわで手袋を学んだ後、自分のブランドを持った人々や、江本手袋とつながりのある地域の企業が共に軒を連ね、古い引田の町並みが賑わう未来を思い描いている。

『地域』とのコミュニケーション
 
「自分達が責任を持つ範囲」が江本手袋の考える『地域』だ。従業員、取引先、現地・オンライン購入者など江本手袋に関わるもの全てが『地域』の一部だと言う。『地域』に関わる者として、いかに責任を負えるかが重要だと語る。
お世話好きで細やかな気遣いを心がけている江本さんの性格も『地域』づくりの土台になっている。オンライン販売が広まった頃、自身の経験を元に、指毎に少しずつ長さを変えた手袋も販売してみた。すると、販売サイトの備考欄に、全部の指の長さを指定する人が何人もいたという。当時フルオーダーなどやってはいないが、指にフィットしないと意味がないと考え、オーダー全てに応えてみせた。ボタン一つで完結するような、システムとして完璧な仕組みではないからこそお客様の声を引き出せたのだ。
オンライン注文が増え、対面での接触機会の減ったコロナ禍。暗い世の中でどうにかして喜びを届けたいと考え、商品を送る際に東かがわのパンフレットとメッセージを添えたことがある。すると、ある女性から「先の見えない不安で人知れずストレスを感じていた時に、ほっこりな心遣いをもらってつい涙が出た」という感謝の手紙を頂いた。
江本手袋だからこそ、お客様に寄り添う隙を残し、コミュニケーションへの第一歩を生み出せる。そして、数ある商品の中に隠される色々なドラマに気づくことで、『地域』の広がりを実感するのだという。

東かがわ市をみんなのふるさとに
 
江本手袋の目指す手袋の価値は、温かいというだけにとどまらない。『佩』を手に取った方が、東かがわ市に想いを馳せ、心の拠り所にできるような価値を提供したいという。東かがわ市を一瞬でも訪れた人が好きでいられる魅力ある町でありたいと願う。
「ブルネロ・クチネリ」はまさにそのビジョンを辿る中で出会った至高のモデルであった。「世界一職人を大切にする世界一美しい会社」を実現させ、経営と町づくりが一体となる境地を目指している。
理想の実現に向けて、まずは東かがわ市をもっと盛り上げていきたい。自分たちがこの聖地でいかに楽しんでいるかを見せることで、守るべき『地域』の価値や魅力が伝えたい。東かがわが、そして東かがわで生まれる手袋が、誰かの「ふるさと」になってほしい。そんな想いを抱いているのだ。

「主人公」の紹介

「主人公」の紹介

■ 江本 昌弘(えもと まさひろ)さん
プロフィール:
香川県東かがわ市出身。
創業84年を迎える江本手袋三代目社長。
手袋づくりの傍ら、DJとしても活動し、瀬戸内のライフスタイルを発信している。

 《参考》
・江本手袋(株)についてもっと見る(外部サイト)

おわりに

取材後記
この記事では、四国で暮らし・働きながら地域を支えている4人の「主人公」を紹介させていただきました。

取材を通して、地域を支える人々の「四国を守りたい、元気にしたい」という熱い想いや、地域の人々と連携しながらその想いを絶やすことなく前に進み続ける生き方に触れることができました。私たちにとって、取材中の一つ一つの言葉がどれも刺激的で、お話を伺ったときの胸が熱くなる感覚や、同期それぞれの目の輝きを今でも鮮明に覚えています。

入局してから1年10ヶ月が経ち、早いもので今年の4月からは3年目職員となります。
商品やコンテンツなど、完成されたものそのものではなく、背景や歴史・関わってきた人々の想い全てに触れることで、地域の真の魅力を感じることができるのだと学ばせていただきました。これからも初心を忘れることなく、より良い四国の実現に向けて全力で取り組み、四国に対する熱い想いを地域の皆さまと共有しながら四国を盛り上げていきたいと思います。

最後に取材にご協力いただきました、皆さま、ありがとうございました。

(2025年2月 令和5年度 経済産業省四国経済産業局 入局職員一同)